現在バイエルン国立歌劇場ヴァイオリニストとして活躍されている齋藤吟思(さいとう・ぎんし)さんに、ミュンヘンでの生活とリューベック音楽大学留学についてお聞きしました。ピアニストの奥様と2歳の娘さんと共にドイツで暮らす齋藤さんの、今までとこれからに迫ります。
じっくり自分と向き合える、ドイツの時間
ードイツには何年ほどお住まいでしょうか?
齋藤:2007年からなので、留学と合わせてもうすぐ11年になります。日本の音大を出て1年後に留学しました。
ードイツに住んで良かった事は?
齋藤:時間がゆっくり流れているところです。そしてその時間を使って1日や1か月、1年を自分で組み立てていかなければいけません。周りは何も決めてくれないので、ボーっとしていると気が付いたらゆっくりとした時間の中であっという間に時間が過ぎていきます。全て自己責任で進んでいく感じですね。そんなところに魅力を感じて生活しています。
ー今の生活について教えて下さい。
齋藤:オペラ座の仕事は毎日時間帯があいまいなので、空いている時間に自分の趣味や練習、家族で遊んだりしています。音楽活動は、オケの仕事以外ではオーケストラのメンバーと室内楽、妻と年に1回日本で演奏しています。
ー生活で困ることはありますか?
齋藤:食べ物のバリエーションが少ない事と日曜日に買い物ができない事。また医者に行くときと、毎年の確定申告の時が母国語じゃないので非常に緊張します。それ以外は子育ても含め、これといって困る事はありませんね。
クラシック音楽のもつ、人種を超越した力
ークラシック音楽の良さとは?
齋藤:難しいですが、ぼくにとって「しっくりくる」音楽がクラシックです。クラシック音楽が生まれた国ではない国に産まれた自分が聴いても、とても心を動かされてしまいます。
また、僕たちはすでに完成された曲を演奏するわけですが、これが演奏する人によってどんな風にも変わってしまう。それも魅力のひとつではないでしょうか。
ー好きな曲や作曲家は?
齋藤:それをあげるのは難しいです(笑) 好きな曲はその時々でかなり変わりますし、作曲家に嫌いな人はいません。特にオペラ座で弾くようになって、たくさんの作曲家の曲に出会いましたが、嫌いな曲は一つもありませんでした。
最近良かったと思ったのは、ワーグナーやプッチーニの曲です。オペラでしか出会えない名曲に演奏者として携わり知る事ができたのは幸運でした。
ー演奏家として、最近どのようなことを感じますか?
齋藤:最近音楽に対して、とても自由になりました。今までどこか硬さやぎこちなさがあったのですが、最近少しづつそれが取れてきた感じがします。やはり音楽はどんな楽器であっても歌なんだと感じるのですが、これはオペラ座で多くのことを学びました。
またオーケストラで弾いていると、自分以外の音がたくさん鳴っているのですが、それを総合的に一つの音楽として捉え、その一部を自分が担っているのだという感覚が強くあります。スコアを弾いているような、全体で聴く耳があると言うか。この感覚は、今後ソロや室内楽にも生きてくるのではないかなと楽しみです。
ー演奏家としてのこだわりはありますか?
齋藤:今思うのは、楽譜を見て作曲家がどう弾いてほしかったかをなるべく理解したいとは思っています。(ほとんどの方が亡くなってしまっているので確かめようがありませんが…)そこは本を読んだり、音楽家の先輩方の話、演奏を参考にして表現していこうと思ってます。あとは、音楽をしている時間はなるべく優しく、豊かな時間でありたい。これは常に思ってます。
ーこれからの展望を教えて下さい。
齋藤:日本でたくさん演奏したいですね。できれば日本中を周って47都道府県で演奏したいです。
習いたい先生がいる場所を、留学先に決めた
ー留学先の大学を選ぶ際に決め手となった事はありますか?
齋藤:先生(トーマス・ブランディス氏)です。日本でレッスンを受けた事はなかったのですが、当時習っていた先生からとても素晴らしい先生だと勧められ、ブランディス先生のCDを聴き是非習いたいと思いました。その後入試の前の年にリヒテンシュタインで先生の講習会を受け、先生に一緒に勉強したいので入試を受けたいとお伝えしました。
ー合格した後の準備について教えてください。
齋藤:2月の中旬にリューベックで入試を受け、その月末に合格通知をもらいました。入試の直後に日本にすぐ帰っていたので、そこからは日本でお世話になった方々にあいさつにいったり、家の掃除やドイツ生活の準備に追われてあっという間に過ぎてしまいました。
ドイツでの住居や滞在ビザなど、まったくゼロの状態から現地でスタートだったので、今振り返ると少しゾットします(笑)最初自分の家が見つかるまでの1か月間、居候させてもらった同じ大学で勉強していた日本人の方とは今でも仲良くさせてもらってます。
語学に関しては日本でも半年ほど勉強しましたが、ほとんどは入学後に現地で勉強しました。僕は学部の6ゼメスター(大学3年生相当)に編入し、コンツェルトイグザメン(大学院)まで勉強しました。

画像中央に見える小さな建物の集まりが、全てリューベック音大だ。
ー大学の印象はいかがでしたか?
齋藤:リューベックの校舎は普通の住宅のような建物を改装して使用しているので、最初はとても小さいとびっくりしました(笑)音楽的には、学生それぞれが「表現したい事」を明確に持っていて、日本と比べとても自由だと感じました。
ーブランディス先生のレッスンについて教えて下さい。
齋藤:レッスンでは、とにかく「楽譜を正しく読め」ということを最後まで言われ続けて、自分の音楽の土台になる大切な事を身につけることができました。昔気質で、おっしゃったことは必ず守らなければいけない厳しさがありましたが、抽象的な事は一切言わない先生だったので、いつも自分のやるべき事は明確に理解できるレッスンでした。曲の味付けの部分にはほとんど口を出さない先生だったので、の「自分の感性」と「正しく楽譜を読む」という2つの作業をうまく融合させるというのが毎回の自分の課題でした。そのバランスをめぐって先生と音楽の中で討論できた(ほぼ負かされた気がする)のはかけがえのない財産です。
ーありがとうございました。
今後も活躍を期待される齋藤吟思さん。日本で演奏を聴けるときが待ち遠しいですね!また奥様の涼子さんはミュンヘンでピアノ教室をなさっています。レッスンのお問い合わせはMU編集部まで。
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