東京藝術大学卒業ののちベルリンに留学され、現在はゲッティンゲン交響楽団の首席ヴィオラ奏者として活躍される早川敦史氏。また結成10年を迎えるトリオ「CePiA」のヴィオリストとしても日本で度々演奏されている、彼の魅力とドイツ生活についてお聞きしました。
自身が楽しむことが、聴衆に”想いを伝える”原動力
ーまず、ご自身の音楽感についてお聞かせ下さい。
早川:第一に音楽を楽しむという事を重要視しています。なかなかに青臭い意見と感じる節もありますが、私たちが音楽に対して苦労して練習するのも、最終的には自分が楽しんで弾く為だと私は思っています。
もちろん、聴いて頂いているお客様に音楽を届けるのも大事な事ですが、まずは弾いている人間が楽しくなければお客様に想いを伝えるのも難しい事だと考えています。
ー現在はどのような活動をされていますか?
早川:2013年からドイツのゲッティンゲンのオーケストラ(Göttinger-Symphinie-Orchester)で首席ヴィオラ奏者として演奏しております。10年来活動しているトリオ・CePiA(セピア)のヴィオラ担当でもあります。
夏に日本に一時帰国する際は、トリオのライヴ、大学オケやアマチュアオケの指導なども手掛けています。
ー留学時代に、特に印象的だった思い出は?
早川:留学時代はとにかく驚きの連続でした。やはり本場ドイツというのはクラシックを取り巻く環境自体が大きく違いました。
学生の発表会に一般のお客様が聴きに来られる事は普通の事で、皆さん耳が肥えてらっしゃる。お褒めの言葉を頂く事もあれば、時には有益なアドバイスを頂く事もありました。
そんな中で生徒たちの質が悪くなるはずがなく、共に学んだ仲間はそれぞれが高いレベルでお互いに刺激にしあった事は言うまでもありません。
そして、やはり日本の仲間とは楽しい思い出が沢山ありました。学業以外で食事やパーティなどした事で息抜きや気分転換が出来、日ごろの学業にもより一層集中出来たと思います。
良くも悪くも?文化の違い!
ーそれではドイツでの生活についてお聞きしたいのですが、何年ほどお住まいでしょうか?
早川:2008年からなので、今年で丁度10年になります。
ードイツに住んで良かった事は?
早川:先にも話しましたが、やはりクラシックに対する環境が整ってますね。以前日本で「所詮音楽はお遊び…」といったお言葉を頂いた事がありました。当時は笑顔でヘラヘラ対応していまいしたが、内心とても悲しい一言でしたね。ドイツでそんな事を言われた事は皆無です。それどころか、一般の方々にも若い音楽家を育てようという考えが根付いているように感じます。
あとチョコレートとチーズが美味しいです。とろけます、身も心も。
ー生活で困ることはありますか?
早川:ドイツ人の仕事の遅さと適当さには唖然としました。日本にお住まいの方には想像がつかないかと思いますが、給湯器が壊れてから修理に至るまで1ヶ月かかった事もありました。しかも寒くなり始めた10月に…。でも、ドイツ人はアジア人ヴィオラ弾きが凍えようが風呂なしで臭くなろうがお構い無しです。自分の時間を大事にしますから。
宅配便に関しても、荷物の届け先が目の前にあろうが仕事上がりの時間になれば残りの荷物はすべて不在扱いとして持ち帰ってしまう始末。まあ、このくらいの方が余裕があって、人は生き生きと出来るのではないか…なんて思えるはずもなく、この適当さには幾度となく春一番並みのため息をつきました。いや、ついています。
「正解」が無いことが、クラシック音楽の魅力
ークラシック音楽の良さとは?
早川:一口にクラシックと言っても蓋を開ければ多種多様な要素が含まれています。それは歴史であったりその国の特色であったり、似たような音楽があったとしても同じ想い、同じ状況で書かれた曲は無いと思っています。また、この演奏家がオリジナル、という概念はなく(もちろん多数派は存在します)、作曲家が残したものを様々な演奏家が独自の感性と解釈で演奏するという、答えの無いものでもあります。
皆がこう弾いているから正解という世界では無く、弾けば弾くほど、聴けば聴くほど新しい発見があるのもクラシック音楽の魅力ではないでしょうか
話は逸れますが、クラシック音楽の敷居が高いという感覚は実はドイツでも珍しくない認識のようです。
以前、語学学校でクラシック音楽を勉強していると言った際、講師さんが「Eーmusikだね」と言っていた事がありました。EはErnst(訳:真面目な)。彼らにとっても少しお堅い存在なのでしょうか。
ー好きな曲や作曲家は?
早川:なかなか難しい質問です…。作曲家に関しては強いて言うならドビュッシーやラヴェル、それにブラームスですが、僅差の次点が多数いますね。それこそ、先程話に出たCePiAのメンバーも好きな作曲家の一人です。基本的には真面目に取り組んだ曲は大抵好きな曲になります。私が覚えていない曲があったとしたら、それはそういう意味です。
そんな訳で、好きな曲が多すぎてここに纏めきれないですね。
ー演奏家として、最近どのようなことを感じますか?
早川:オーケストラで首席という役割を頂いてからというもの、自分の演奏への責任を強く感じるようになりました。それは”完璧に弾けば良い”というだけでは無いという事です。
自分一人の呼吸や合図でグループ全体が一緒に弾く。良い結果でも悪い結果でも、全ては自分の采配によるもの。そして、それを演奏や呼吸でどうグループに伝えれば良いのか?まだ答えが出た訳ではありませんが、最近は常にこの事を念頭に置いています。
また、人前で弾く事が増えたおかげで、トリオでのライヴ演奏でも以前に増して”演奏する事が純粋に楽しく”なりました。やはり場数を踏むという事は何よりも大事な事だと再認識しました。
ー演奏家としてのこだわりはありますか?
早川:まずは、一つ一つの音に拘りを持つ事ですね。たった一つの音にも作曲者の想いが詰め込まれています。その想いに気が付いた時に言葉に出来ない高揚感があるんです。そこに自分の技術と感性をぶつけていきます。時には先人や知人の演奏を参考にしますが、最終的には自分の音楽を作っていきます。最後にそれを聴衆に伝える(演奏)。これが私の一通りの音楽の作り方です。
それに加えて、見られた印象も考えています。簡単に言えば表情や姿勢、言動ですね。やはり、お客様がCDでは無く生の演奏を聴きに、そして見にいらしているという事を忘れてはいけないと思います。音楽はエンターテインメントで無くてはなりませんから。
ーこれからの展望を教えて下さい。
早川:日本でのヴィオラの知名度がもう少し高くなるにはどうしたら良いかを試行錯誤していきたいと思っています。その意味で言えば、CePiAは革新的なトリオではあると思います(高音部を受け持つので、普段のヴィオラのイメージとは大分違う印象を感じてもらえると思います)。
と、さらっと宣伝させて頂きましたが、もし興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、CePiAの方もよろしくお願いします。
尊敬する師との出会いは、「CD」と「手紙」から
ー留学先の大学を選ぶ際に決め手となった事はありますか?
早川:元々、留学するつもりは全くありませんでした。ところが、2007年(留学の1年前)に自分の回りで色々な事があり、このままではいけないと思い立ったのがきっかけです。そんな時に出会った一枚のCDがドイツでの恩師ローデ(Hartmut Rohde)先生の録音だったのです。それを聴いて正直に「こんな風に弾けたらいいな」と感じました。
しばらくして、当時ベルリンに留学していた友人と話す機会がありました。
四方山話の中、ふとローデ先生の名前が出たのですが、そこで友人の口から出た「その先生、僕が行ってる学校の教授だよ?」という言葉に、すでに手にはペンを取り、先生への手紙を書き始めていました。驚くような早さで募集要項と一緒に手紙の返事が来て、心は決まりました。翌2008年にドイツへ飛び、運良く翌年にベルリン芸術大学に受かる事ができました。
思えば、本当に勢いだけで留学した感がありましたが、結果それが功を奏したといっても過言ではありません。
ー合格した後の準備について教えてください。
早川:合格する前もした後も、特に準備していなかったというのが真実です。実は、先生のレッスンを最初に受けたのは入学試験の1ヶ月前。ローデ先生も「レッスンを受けたい?良いよ。いつドイツに来るんだい?」と言った軽い雰囲気でしたが、「もうベルリンに住み始めました」という言葉に面食らったのか、大笑いですぐレッスンにくるように言われました。
受験前に準備した事といえば、語学の勉強でしたね。蓋を開ければほぼ習得できていなかったのですが、それはここだけの話ということで。
ー大学の印象はいかがでしたか?
早川:ベルリンに降り立ってすぐに、ベルリン芸大の違う教授の門下発表会を聴きに行ったとき、あまりのレベルの違いに言葉を失って帰宅しました。
今まで自分の弾いてきた楽器と同じ物なのか?という衝撃に身震いし、それぞれの生徒の音楽に対する意識の高さに圧倒されました。
ーローデ先生のレッスンについて教えて下さい。
早川:音楽をこれほどまでに楽しむ人がいるのだろうかと思えるような先生でした。例えば、こちらがバッハの無伴奏ソナタで四苦八苦してる横で「この曲は全部踊りなんだよ!」と言いながら曲に合わせて踊り始める。そんな事はざらでした。それでいて非常に効率的で論理的な練習を要求されていました。
先生がいつも口にされていた事は「一つの事を注意するも良いけど、練習する時は二つの事を注意して弾くようにしなさい」。曰く、そうすれば効率2倍だからお得だろ?と。また現役で第一線で活躍されている先生からは、演奏者としての旬のアドバイスを頂きました。
実は、入学したすぐに先生から言われた言葉は「敦史の弾き方はヴァイオリンの弾き方で、ヴィオラの魅力が引き出しきれていない。だから、僕はこれから君には初心者に手解きするレベルまで下げてじっくり教えていくつもりだ」でした。その言葉に私も今までの弾き方は全て忘れて、一から学び直しました。もちろん最初は今までの癖や新しい技術に悩まされ、何度悔し涙を流したか数えられません。
そんな進歩の遅い私にも先生は匙を投げる事もなく何度でも丁寧に教えてくださいました。先生に技術の出し惜しみという言葉はありませんでした。持っている知識は全力で伝えてくださったのを私自身深く感じました。
ー最後に、ドイツで留学・活動を目指している方たちへメッセージを。
早川:ドイツでは、自己主張が出来る人は目に留まりやすい傾向があります。オーデションでは審査する側に立つようになりましたが、なるほど最終選考に残る人達は、それぞれ自分の表現の仕方を知っています。
日本人はよく「音程完璧、リズム完璧」と評される事が多いですが、「表現が豊か、演奏の主張がはっきりしている」と言われる人は少ないように感じます。これはなんとも勿体ないですね。
こちらでの活動を目指してる皆様には、ぜひ自分の音楽を見つけ、それを最大限に表現するにはどうしたら良いかという事も意識して頂けたらな、と思います。
ーありがとうございました。
ヴィオラという楽器の魅力を探求し続ける、早川氏の今後の活動に期待です!早川氏がメンバーを務めるCePiAの公演は、MUでも随時情報発信いたします。是非お見逃しなく!
早川 敦史(はやかわ・あつし)
神奈川県出身。3歳よりヴァイオリンを始め、19歳でヴィオラに転向。
2007年、東京藝術大学を首席で卒業。同時に読売新人賞及びアカンサス賞を受賞。
2008年に渡独。2009年ベルリン芸術大学に入学。2011年同大学ディプロム過程を首席で卒業。同時に飛び級でコンツェルトイグザメン過程に進学。2013年同過程を首席で卒業。ドイツ国家演奏家資格を取得。
同年、ドイツのゲッティンゲン交響楽団(Göttinger Symphonie Orchester)の首席ヴィオラ奏者に就任。現在に至る。
これまで、ソリストとしてゲッティンゲン交響楽団、バーデンバーデン交響楽団と共演。また、芸大時代の同期で組んでいるトリオ『CePiA(セピア)』のヴィオラ担当を務め、CD販売や各地での自主ライヴを行っている。
ヴァイオリンを前澤均氏に、ヴィオラを菅沼準二、川本嘉子、Hartmut Rohde各氏に師事。
CePiA(セピア)
東京藝術大学の同期、落合崇史(ピアノ・編作曲)、大沢哲弥(チェロ)、早川敦史(ヴィオラ)で結成されたトリオ。
いわゆる「クラシック音楽」をルーツに持ちながらも、ジャンルを越えたスタイルに挑戦するべく、常に新たな音楽を探求している3人である。
時に激しく、時に温かい彼らのサウンドは聴くものに爽やかな感動を与えている。
ファーストミニアルバムCD「Eternal Wind」も好評発売中。
Youtube公式ページ:https://youtu.be/veBAPbKqEU8
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